いつからか、ワイヤレスイヤホンで歩きながら通話をしている人に出くわしても、それほど驚かなくなった。動画を通して偏った声ばかり聴きすぎた結果、「真実」に「目覚めた」人が増えているのだと、よく言われるようになった。いろんな意味で現代は、外からの声を受信してその声に応えようとする人々であふれる、「交信の時代」になったと言える。
いや、人間の交信は今に始まったことではない。個人的あるいは社会的な危機が生じたタイミングにおいて、人間はこれまでに何度も何度も、自分の外部から神的な存在の声を受信し、その声に応えようとしてきた。時にそこから宗教が生まれた。
現代人(とりわけ現代の日本人)は、大っぴらに宗教や神仏を云々することは少なくなった。しかし、何かと交信すること自体は変わらず続けている。いやむしろ、ますます盛んになっているとさえ、言えるのではないか。
旧朝倉家住宅は、代官山を開発してきた朝倉家によって、事業用資産を確保するために、戦後に売り払われた。紆余曲折を経て、今は重要文化財として公開されている。こうした経緯を踏まえると、戦後の開発から切り離された代官山の古層の象徴として、この旧朝倉家住宅を捉えることができる。
代官山の古層には、富士を神として恐れ崇める富士信仰や、体内の虫が天に悪事を告げないように寝ずに夜を明かす庚申信仰が潜んでいる。こうしたかつての信仰・交信の痕跡は、現在では見えにくくなっているが、これを見えやすくする場所として、旧朝倉家住宅はぴったりだと思われた。
だから本公演の告知文には、「代官山の開発に取り残されたかのように佇む旧朝倉家住宅 」と書かれた。この「かのように」が重要だ。一見すると、「交信の日」にこの場所で展開されていく出来事は、荒唐無稽で現代とは無縁の途方もないものに思えるかもしれない。そういう面はあるだろう。しかしそこには、現代の私たちにとって何でもないありふれた部分が含まれてもいる。この途方もなさと何でもなさの行ったり来たりこそ、「交信の日」に参加する者たちのあいだで生起する体験なのである。
これからも、危機や崩壊に直面した人間が、外からの声を受信してその声に応えようとすることが何度でもある。そんな私たちだからこそ、このあたりで一回「交信の日」をやっておくのがいい。そうすれば、どういう声を聴いてしまったのかとは関係なく、交信とか信仰をその途方もなさや何でもなさも含めて、しっかりと受け止めるための準備ができる。誰かのことを何かに「目覚めた」とか言って、距離を取っているばかりではもういられない。
古川智彬(リサーチャー)